2026年04月08日
正應寺降誕会。焼香とお釈迦様にも甘茶を灌けてのお参り。お話は娘さんで、ゴータマ・シッダルタの四門出遊。甘い”カンロ”はインドの言葉で不死を意味すると。死と誕生。本来は数ではない0の発見が数学の始まりであるように、死(0)への意識から人類の文化は始まったとワシは思うなあ。南無阿弥陀仏
NHK「こころの時代」寺に帰れば。15年前の陸前高田のお寺は突然避難所となる。おにぎりを配って120人だとわかったという。その5か月間を振り返る番組をみて、「白骨の御文」が今の我が身であるな~と。南無阿弥陀仏
2026年04月04日
夜来の風雨で桜はと。八分咲が満開となって散り始めた程度であった。やれやれと掲示板を見れば松崎さんが張り変えていたが風で飛んだのかな~。「始めたばかりで上手な人はいない 下手でも始めた人がいるだけ」と。南無阿弥陀仏
2026年04月03日
桜は八分咲きだが明日は嵐の予報ゆえ、花吹雪を観れずに残念だな~と。「散る桜を惜しむより 今咲いている花を見よ」と法語が掲示されているが、今日の咲で満足せねば。過って「桜ウオーキング」と言って町をあげて騒いでいたな~。南無阿弥陀仏
2026年04月01日
正應寺の集い。現世の利益と現生の利益のver2の十種の利益。満開の花冷えの身で帰ると、孫娘を婆が連れてきた。女の二重攻撃の”ことわざ”を浴び、焼酎でややかわす。ハスの折り紙を頼むと、交換条件は「数学者だったんでしょ、宿題をしてよ」と。さらに女どもの攻撃は続いたが酔いつぶれて、山娘ならぬ島娘のブルースを聴きながら寝落ちした。南無阿弥陀仏























